宇都宮地方裁判所 昭和29年(ワ)180号 判決 1956年10月12日
原告 清水建設株式会社 外一名
被告 旭貨物自動車株式会社
被告両名は各自原告清水建設株式会社に対し、金十五万円及びこれに対する昭和二十九年五月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、又原告山田耕一に対し、金八万円及びこれに対する昭和二十九年五月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。
原告等のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告等の負担とし、その余を被告等の負担とする。
この判決は原告等勝訴の部分に限り、原告清水建設株式会社において被告等に対し各金五万円、原告山田耕一において被告等に対し、各金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事 実<省略>
理由
一、原告清水建設株式会社(以下単に原告会社という)が建築工事の請負業を営む会社であり、原告山田耕一が原告会社の技師であつてその宇都宮出張所の主任であること、被告旭貨物自動車株式会社(以下単に被告会社という)が貨物自動車運送事業を営む会社であり、被告小森政雄が被告会社に雇われ貨物自動車の運転に従事している者であること、昭和二十八年八月二十八日原告会社の乗用車係運転手古谷久雄が原告会社所有の乗用車(一九五三年式フオード号であることは鑑定人芝崎浩の鑑定の結果から認められる)に原告山田耕一を乗せ、宇都宮市方面から日光市方面に向つて日光街道の新道を進行し同日午後一時過頃今市市瀬川地内の右新道と平行に走る旧道とが極めて短かい連絡路によつて接続している箇所に差蒐つた際、同所において旧道から新道に連絡路を通つて乗り入れた被告小森政雄の運転する被告会社所有の普通貨物自動車(栃第一―二九号)が右原告会社の自動車に衝突して原告会社の自動車が破損し、原告山田耕一が負傷したことは当事者間に争がない。
二、よつて右事故が被告小森政雄の過失に基因するかどうかについて判断する。そこで衝突当時の模様について検討するに、成立に争のない甲第七乃至第十一号証、証人山口英六及び古谷久雄の各証言、検証の結果並びに原告山田耕一本人尋問の結果を綜合すればつぎの事実が認められる。被告小森政雄は前記事故のあつた当日日光市内において、その前日被告会社の係員から輸送方を命ぜられたセメント百袋を前記被告会社の貨物自動車に積載した後、午前十一時半過に焼酎一合余を飲み十二時半頃右貨物自動車を操縦し同市を出発して今市市方面に向い日光街道旧道を時速約四十粁の速力で進行して今市市瀬川地内の前示新道と連接する箇所に差蒐つたが、同所附近は前述の如く新旧両道が平行して走つており当時日光市方面から宇都宮市方面に向う自動車は旧道のみを、又宇都宮市方面から日光市方面に向う自動車は新道のみを通行すべきで前者が新道を、又後者が旧道を通行することは禁止されているいわゆる一方交通の道路(尤も本件事故のあつた少し前に路面工事のために旧道の通行を禁じ、日光市方面から宇都宮市方面に向う自動車にも新道を通行せしめていたことがあるけれども、当時は既に旧道の路面工事が完成して一方交通の状態に復帰していた)であり、しかも旧道から新道への見透しが殆んどきかず、又旧道よりも新道の方が路面が高いために新旧両道の連絡路が坂になつていた箇所であつたので、かかる場所において貨物自動車の運転に従事する者は無用に旧道から新道へ乗り入れるべきでないことは勿論、乗り入れるにしても宇都宮市方面から日光市方面に向つて進行する車馬に深甚の注意を払い、連絡路上の新道の手前において一時停車するか少くとも何時でも急停車し得る程度に減速除行する等事故の発生を未然に防止するための措置を講ずべき注意義務があるにも拘らず、被告小森は当時既に旧道の路面工事が完成して一方交通の状態に復帰していたことに留意せず、旧道が普通の道路であるのに新道が舖装道路であることから新道を通つて今市市(旧市)方面へ出ようと考え、右説示の注意義務を怠り、僅に速力を時速二十粁程度に減じたのみで慢然新道に通ずる連絡路を通つて新道に乗り入れたため、新道に出たところで宇都宮市方面(今市旧市方面)から走つてきた古谷久雄の運転する原告会社の自動車を前方に発見し、あわててブレーキを掛け、急停車の措置を講じたけれども既に及ばず、遂に被告会社の自動車の前部を原告会社の自動車の前機関部に激突せしめたものである。
以上の認定を覆すに足る証拠がない。してみれば本件事故は被告小森の過失によつて惹起したものといわなければならない。
三、よつて次に原告等が本件事故によつて被つた損害について判断する。
(一) まず原告会社の被つた損害のうち自動車を破損されたことによる損害について按ずるに、原告会社が本件事故によつて乗用自動車を破損されたことは前述のとおりである。而して原告会社はその損害が別紙第一目録記載のとおりで三十一万三千九百円であると主張していて、原告山田耕一本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第三号証(見積書)によれば、そのことが肯定できるかのようであるけれども、右甲第三号証の見積書の記載内容を鑑定人芝崎浩の鑑定の結果と対比して検討するに、本件自動車は極めて旧式であつて、将来長期の使用に堪えられない程度のものであるところ、右甲第三号証の見積書は、修繕可能の部品たとえば別紙第一目録の一、二の部品を修繕せずに新品と取替え事故とは関係なく老朽のために損耗している部品を新品と取替えることを前提としたり他にもすさんな点があることが窺われるので、甲第三号証の記載内容は厳密な修繕に要する費用の計算としてみることはできない。而して右鑑定の結果によれば原告会社の自動車は破損部品中の修繕可能のものは修繕し、修繕不能のものはそれに近い部品と取換える方法によつて修繕するときは、昭和二十八年八月乃至十二月当時において二十一万七千五百六十円の費用を以て修繕できることが認められる。しかし右は自動車の破損箇所を修繕した場合の費用であつて前記認定の結果によれば原告会社の自動車はその型が旧式であるため同型の自動車は昭和二十八年十二月当時において下級品の最低が五万円、上級品も十五万円を超えないことが前記鑑定の結果から認められるので、それより四ヶ月遡つた昭和二十八年八月当時においても、その価格は略かわらないことが推認できる。而してかかる場合には本件事故のために原告会社の自動車が破損したことによる損害は破損箇所の修繕費によつて算出すべきでなく、同自動車の時価を以てすべきものと解する。従つてその損害額は金十五万円であることになる。
つぎに原告山田が欠勤したために原告会社が営業上の支障を来し二十三万五千円の損害を被つたとの主張事実について按ずるに、原告山田が原告会社宇都宮出張所の主任であることは当事者間に争がないところ、かかる地位にあるものが本件事故のため欠勤したのであるから原告会社としては或程度の営業上の支障をきたしたであろうことは推測できるけれども、どの部門にどの程度の支障をきたしたかということも、それを金銭に見積つて幾何になるかということも、これを明かにする証拠がないのでその損害額を算定することができず、結局原告会社のこの点の主張は爾余の争点に立入つて判断するまでもなく排斥を免れない。
(二) つぎに原告山田耕一の被つた財産上の損害について按ずるに、成立に争のない甲第一号証の一、二同第二号証及び同第六号証の一乃至十一に原告山田耕一本人尋問の結果(一部)を彼此綜合すれば、原告山田が本件事故のために歯槽骨々折、口腔底、右眼瞼部及び左下腿部の各裂傷、右肩部の打撲傷等の傷害を被り、今市市の今市病院及び宇都宮市の国立栃木病院に入院して手術、治療を受け、その年の九月十一日退院し、同年十月五日まで通院治療を受け、同月中旬頃全治したが、原告山田はそれらの費用として別紙第二目録の一、二記載の医療費を支払つたこと及びそれ以外にも入院、通院等のために交通費、雑費等相当多額の支出をしたことが推測できるが、右交通費、雑費等の支出額が原告山田耕一の主張するとおりであることはこれを肯定するに足る証拠がない。尤もこの点についての原告山田耕一の供述中には総額において同原告の主張と一致するものがあるけれども、同供述部分は弁論の全趣旨に照して、しかく正確な記憶に基くものでないことが窺われる。そこで被告等主張の原告山田は本件事故を原因として労働者災害補償保険法に基き宇都宮労働基準監督署から療養補償費として金二万八千八百六十八円の支給を受け、一方被告会社はそのために同金額について求償債務を負担するに至つたとの抗弁事実について考えてみるに、同事実は原告山田も認めているところであつてそれによれば原告山田が支給を受けた療養補償費の額は同原告が本訴において医療費、入院通院費その他の雑費として主張する金額とその差が僅に九百余円に過ぎない事実に弁論の全趣旨を斟酌すれば、原告山田が療養のために支出した金額は既に全額補償されているものであつて、その額は二万八千八百六十八円を超えないものとみるを相当とする。そうだとすればこの点については原告山田が被告等に対して損害賠償債権を有していたとしても、それは既に政府に移り、原告山田は被告等に対しこれを請求しえなくなつたものといわなければならない。
更に原告山田の被つた肉体上精神上の苦痛による精神的損害について按ずるに、前説示の一切の事実に原告山田耕一本人尋問の結果により認められる、原告山田は当時四十八才の建築技師で、中等学校卒業後間もなく原告会社に入社し、爾来約三十年間勤務しているものであつて、妻との間に五人の子女があり、長女及び次女は既に他に嫁ぎ、三女は中学生、二男三男はいつれも大学生(長男は夭折)であること、原告山田方には約百万円の資産があること及び原告山田は本件事故による障害のため頭が重く、記憶力が稍減退していること、しかしそのいずれも全治の見込みがあり現在も事故前と同様原告会社宇都宮出張所の主任になつていること等の諸事実を斟酌すれば慰藉料の額は金八万円を以て相当とする。そこで被告等主張の原告山田は既に労働者災害補償保険法に基き宇都宮労働基準監督署から障害補償費として被告会社の負担において金十八万六百五十七円の支給を受けているから慰藉料の額を減免すべきであるとの抗弁事実について考えるに、同事実は慰藉料の額を減免すべきであるという点を除いて原告山田も争わないところであるけれども、労働者災害補償保険法第十二条所定の障害補償は、身体に障害が存することにより労働者が得べかりし利益が得られなくなつたという消極的な財産上の損害を填補することを目的とするものであつて、精神上の損害に対する慰藉を目的とするものではない。従つて障害補償と慰藉料とはその対象を異にするものであるから原告山田が既に障害補償を受け、その補償額について被告会社が求償債務を負担しているからといつて障害補償額の限度で慰藉料を減免すべき筋合のものではない。さればこの点の被告の抗弁は採用できない。
四、進んで原告等が本件事故によつて被つた損害についての被告等の賠償義務について判断する。
(一) まず被告小森政雄の責任について按ずるに、前説示の事実関係からみて被告小森政雄は不法行為者として原告会社に対し、自動車の破損による損害金十五万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十九年五月十四日以降完済に至るまで年五分の法定利率による遅延損害金を、又原告山田耕一に対し慰藉料金八万円及びこれに対する右昭和二十九年五月十四日以降完済に至るまで前記民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があることは明かである。
(二) つぎに被告会社の責任について按ずるに、前説示の事実によれば被告小森は本件事故発生当時被告会社の被用者であつて、本件事故は被告会社の事業の執行について惹起したものであることが明かであるから、その使用者である被告会社は原告等の被つた前記損害を賠償する責任を負つていることは明かであり、その額は被告小森の負担する債務額全部に及ぶものである。
五、原告等の本訴請求中、主文第一項に掲げた金員の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田実)